ミニマル生活で頭をスッキリ(目標)

ミニマリスト目指し中。意識低い系。

目指すところ

さらっとラクダ毛布のことを書きましたが、ラクダ毛布の素晴らしさについてはまた長くなるので、後日書こうと思います

 

究極の毛布って何ですかね

 

全部カシミヤ製ですかね

すっごくいいお値段しそうです

 

同じアクリル2枚重ね毛布を25年くらい使っていたので、アクリルで充分かなとも思います

 

天然繊維の利点は、通気性です

 

自分の寝汗で冷えることがない

風邪を引いた時と、夏に顕著です

夏もそのまま使えます

アクリル毛布を夏に使って、夜間に暑くてお腹を出して風邪を引くこと多かったので、だいぶ助かります

 

さて…

しぶさん並みのミニマリストを目指そうとして、エアコンで挫折しました

 

ものを減らすことが目的ではないので、まあいいか

 

自分の目的は、「頭をスッキリさせること」です

 

とにかく頭をスッキリさせたい

 

幼少時からの記憶に埋もれて生きてきました

 

今までの人生の画像が多すぎて、選ぶだけでも大変です

歳を経るごとに記憶が増えて、混乱が強くなってきました

 

とりあえずどうでもいい幼少時の記憶を忘れるために、書き出しています

 

小学生くらいまでは、10年くらいしか生きていないから、メモリにまだ余裕があります

 

しかし大人になるにつれて情報量がどんどん増えて、メモリが足りなくなってきました

 

何か考える時に、記憶が邪魔をするのです

 

注意散漫を頑張ってカバーしなければいけないADHDの人が、多量の情報を持っていて多量に受け取り続けたらどうなるか

 

混乱と混沌です

 

一時期ひどい汚部屋になったのは、わたしの頭の中を表しています

 

ものを見てすぐ判断できなくなってしまった

判断するのにものすごいエネルギーを必要とするようになっってしまった

パソコンのフリーズ状態です

 

普通の生活でオーバーヒートしてしまい、さらに部屋が散らかるという悪循環です

 

明らかなゴミさえ捨てられなくなる

 

ADHDの治療薬ストラテラを飲んだら、膨大な記憶の山に圧倒されるだけではなく、頭の中が余計な記憶で汚部屋になっているのがよくわかるようになりました

 

自分の不安な気持ちが、そういったどうでもいい記憶を忘れることを恐れています

 

自分の人生は、自分の記憶の中にしかありません

 

世の中のほとんどの人間は、自分と自分を知っている人間が死んでしまったら、この世から忘れ去られます

 

極端に言えば、この世にいなかったことになる

 

存在とその人なりの実像は、うやむやになる

そうやって死んで消えていくのが当然

名前と生涯が後世に伝わる方がまれです

 

自分はなかなかその事実を受け入れられません

自分の人生で感じたいろんなことが、死んだら存在しなかったことになる

本来それでいいのです

いいはずなのに恐怖を感じてしまう

特に亡くなった父親の記憶を手放せないでいます

 

手放しても大丈夫と思うために、思い出したら書き出すようにしています

 

毎日の記録を1日1ページの手帳に書いています

自分でも絶対読み返さないような小さな字で、どうでもいい毎日の記録をしてあります

安心して忘れるためです

 

トモエリバーという薄くて軽い手帳用紙でできており、100年生きて記録し続けても、小さな箱一つぶんにしかなりません

 

死んだら誰も読み返さないだろうから、一緒に燃やしてもらうかもしれない

 

わたしはむかしの生活を知るのが好きで、祖父の日記を延々と呼んだことがあります

わたしと同じ年くらいだった若い祖父が、毎日考えていたこと、毎日の活動、当時の生活…

けっこう楽しいです

そうやって孫あたりが読むかもしれない

 

小さな薄い紙に細かく書き出して、記憶を減らそうとしています

安心しないと忘れられない

 

頭の中に自分の人生の年表ができています

 

幼少時から今までの記憶が、年表をみると1年がテープ状の四角い輪になっていて、らせん状につながっています

春から右回りで3ヶ月ごとに緩やかに折れ曲り、1年は四角です

保育園で4月始まりの季節の表が部屋の天井近くに張り巡らされていて、その通りに覚えてしまったので、それ以来保育園の表のとおりに毎年の年月を記憶しています

幼少時の教育って恐ろしいですね

 

例えば1987年をよく見ると四角になっていて、注目するとズームアップし、その時何をしていたか画像が出てきます

記憶力はいい方ですが、TVに出るようなびっくり人間ほどは良くないので、日付を覚えている記憶はちょっとしかありません

 

そういううっとおしい記憶が山のようにあるので、いいかげん忘れたい

 

幼少時からこれまでの記憶を細かく覚えていることを、妹に「お姉ちゃんは大変だね」と言われて気がつきました

 

そうだよ…

こんな記憶は要らない

覚えている労力が無駄だわ

 

毎日のように記憶のフラッシュバックに思考を邪魔されているので、捨てるべきだと思うようになりました

 

頭のごちゃごちゃが邪魔になるのと同時期くらいに、部屋のごちゃごちゃが自覚できて嫌気がさし、捨てられるようになってきました

 

部屋のものが少なくなると頭のごちゃごちゃが気になり、頭がスッキリすると部屋の中にあるものが余計なものに思えてくる

という良い循環がゆっくり巡っていきました

 

結局のところ、最終目標は頭がじゅうぶんスッキリすることです

 

ものを所有することで頭の中がごちゃごちゃするなら、手放してしまいたい

 

頭が混乱せず快適で幸せになれるものなら、持っていたい

 

という基準でやっていきます

 

わたしにとってエアコンを使わずにラクダ毛布を使うことは、快適で、かつ、ラクダ毛布4枚という所持数は特に頭が混乱しない

 

今のところはこのバランスで良いようです

変わるかもしれませんが…