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ミニマル生活で頭をスッキリ(目標)

ミニマリスト目指し中。意識低い系。

貧乏入門

テレビで地上波を見なくなってだいぶ経つので、小池龍之介さんが有名人だということを知りませんでした

 

コンビニに並んでいる雑誌や街の広告で世の中を知るのですが、うっすらと、「あるお坊さんが流行っていた」ことは知っていました

 

「貧乏入門」は、断捨離・ミニマリスト本を読み尽くしたあたりで、Amazonさんにオススメされたのです

 

レビューを読んで、ああこの人が流行ってたんだあと思いました

「TVでチヤホヤされる生臭坊主(?)」と勝手な印象をうっすら持っていましたが(すみません)、そうでもないらしく、古本を買ってみました

 

読んでみたら、今まで自分が貧乏マスターだと思っていたのに、全然修行が足りないことがわかりました

 

貧乏を軽やかに、自らすすんで生きる

 

なぜこの発想がなかったんだろう

 

若かったからというのもありますが、世の中は必要なものや欲しいものだらけで、お金がないことはとても不自由で、弱く、みすぼらしく、みじめで、非人間的だと思っていました

「アンジェラの灰」(アイルランド移民の悲惨な生活を描いた映画)を観て、涙が止まらなかった

 

貧乏だと、病気になってもおちおち療養できず、希望の学校に行けず、家庭はいつもイライラと喧嘩が絶えず、のびのび勉強できず、役所の人は人間扱いしてくれず、住めるところがなくなる恐怖・食べるものがなくなる恐怖と闘いながら生きないといけない

 

うちは「死ぬ寸前まで生活保護は受けない」という方針だったので、路上生活は他人事と思えませんでした

 

親が亡くなった後、

「どんなに苦しくても、身体は売らないようにしよう」

と妹と誓いを立てました

 

その頃、簡単に援助交際をする同世代の人たち(ごく一部でしょうが)がマスコミで取り沙汰されていました

確認の意味もあって、妹と話し合いました

 

私たち姉妹はもともと、身体を売って「向こう側」の世界に行った時、そういう自分に耐えられる種類の人間ではありませんでした

 

今から思うと、母はそうとう混乱していたんだろうなと思います

母の絶望感に子供の私たちが絶望していました

 

死ぬくらいなら、路上生活するくらいなら、身体を売るくらいなら、生活保護をもらえばいい

 

そもそも、どんなに安い賃金で働いても、月に10万以下で暮らせていたのだから、生きていけるはずです

 

正常な判断力でさえ不安と恐怖に押しつぶされる状況でした

 

 

そんな自分の貧乏のイメージを、吹き飛ばすような本でした

 

世の中で自分にとって必要なものは、そんなにない

 

幸せは、たくさん稼いで大きな家に住み、欲しいものを買える経済力がなければ実現しないものではない

 

貧乏入門を読んだ頃、私は高校時代の目標を達成し、これまでの人生でいちばん広い家に住み、親の最盛期以上に稼ぎ、欲しいものはほとんど手に入れていました

 

しかし目標を叶えれば次の目標がやってきて、目標を叶えたころには「できること=できて当たり前」になり、嬉しさよりも「まだできないこと」に目が行きます

 

欲しいものを手に入れても、際限なく欲しいものが現れる

 

小池さんは(大昔から言われていることですが)、

「欲望を実現しても、決して満足することはない」

ことを繰り返し書いています

 

まさに自分の実感と同じでした

 

若い頃は、大きな目標を持つことは良いと思います

それでいろんなことを学びます

学生時代までは、勉強をする期間と社会が認めてくれているので、おおいに勉強するべきときです

 

でも大人になって、人間ひとりの一生で学びきれない世の中の知識と経験を追求するべきかといったら、やめたほうがいいと思います

どこまでいっても際限がない、終わりがないからです

 

特に「目標に向かって頑張る」のはやめたほうがいい

達成した時に虚しいだけです

 

同じことをするなら「学んでいること自体を楽しむ、集中する」ことです

集中していること自体が「幸せなひととき」となります

その結果どこに到達していたとしても、幸せな時を過ごしたことに変わりはない

 

「目標をもって頑張る」ことは一見効率が良いようで、良くありません

 

見ているのは「目標」であって「今」ではなく、今に集中できない原因となります

 

「狙った彼女を落とそう」ともがいても失敗し、彼女との会話を時が経つのを忘れて楽しんだ方が成功に近づくのと一緒です

 

 

というような内容のことを、小池さんも言っています

 

際限のない欲望を実現するためのお金は、そもそも必要ない

 

生きていくための金額があれば、不安と恐怖に押しつぶされることもない

 

その金額はもっと少なくできる

節約という努力をせずに、軽やかに「貧乏」を生きることができる

 

欲望の仕組みから「貧乏」に至るまで、うすうす感じていたことがサラッとまとまっていました

 

これからの自分の方向性は「軽やかな貧乏」となりました

 

また貧乏やり直しです