ミニマル生活で頭をスッキリ(目標)

ミニマリスト目指し中。意識低い系。

超貧乏時代

話がそれますが、バブル崩壊後、うちに超貧乏時代が訪れました

 

もともとそんなに裕福ではなく、ちびまる子ちゃんの「うちはビンボー」を読んだ時に、まるちゃんの裕福さに衝撃を受け、うちの貧乏さを自覚しました

(ヒロシはあの家族6人を支えているのです

スゲーー)

 

小出しに裕福な瞬間がありましたが、一瞬でした

 

父は遅めの転職をして一瞬成功し、すぐバブル崩壊の波が押し寄せてきて、同時に癌が見つかり亡くなりました

 

人間が元気にずっと働ける保障なんてないんだな、と思いました

 

昔からお互いにお金を貸し借りして保証人となっていた父の親友が、母から父の保険金を受け取って蒸発してしまいました

その人もまた事業が不況で傾いていて、その後の生死は不明です

母は「借りたお金は返す」と言っていましたが、ほぼ同額貸し借りなので放っておけばよかったのかもしれません

母は混乱衰弱し、一気にお婆さんになりました

 

 

私は大学に入ったものの、家族それぞれが生きるのに精一杯で学費どころではない

担当の教官に相談したところ、「学費が払えないなら辞めれば」とあっさり言われました

まあそれももっともな意見です

自分の選択は、とりあえずやれるところまで頑張ってみる、でした

 

バイトする暇があまりなかったので、お金がなくなると節分後に叩き売りされていた大豆をボリボリ食べたり、教科書は人からもらったり、どこまでも徒歩と自転車で移動したり、冷暖房をつけずに過ごしたり、友達の家に入り浸ったりしながら生活し、同級生に助けてもらいながらなんとか卒業できました

 

同級生は裕福な家庭が多く、金がないから遊びに行けないと言っても「親から借りれば」と言われ驚くこともありました

ブランド服の人たちもいましたが、比較的服装は自由だったので、いつも同じフリース・Tシャツ・デニムで全身2000円くらいでも何も言われませんでした

(本当は言われていたかもしれませんが、私には聞こえない)

だいぶ図々しい心持ちでいないと、貧乏は耐えられないです

他人に「お見苦しい姿」をみせないと生きていけない

周りの人には迷惑をかけてしまったと思います

卒業できたのは、同級生とお金を貸してくれた人たちのおかげです

 

妹は家庭がそんな状態で受験どころではなく、働き始めました

 

私は働いてからもあまり余裕はなく、貧乏生活がたたって身体を壊して働けなかった時期がありました

 

しかし働かないと生きていけないので、「死にそうな」とき以外は働いていました

とにかく他人の世話にならずに何とか生き抜くことが目標の時期がありました

働き続けることが最優先なので、プライベートでほとんど何もせず仕事以外ほぼ何もしていない状態が何年も続きました

ウインドウショッピングが唯一の楽しみだったかもしれません

恥ずかしながら料理も掃除も恋愛もしませんでした

飲み会は年に1-2回、旅行に行かず、ひたすら働くだけ

 

働くために家では休息をとる

寝床さえあればいい

とにかく自分の力で生きられなければ、何もする資格はないと思っていました

そうやって汚部屋ができていきました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うちのご先祖は(少なくとも明治以降)父方母方両方ともアップダウンが激しい

ひと財産築いても、ものすごいインフレ、戦争、不況、災害などで一気に貧乏になっています

そういう運命なのかもしれません